0.質問箱の回答

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1.LRAの基準を答案で書くことがあるか

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LRAの基準(他に選択しうる制限的な手段の有無を審査する違憲審査基準)を憲法の論文答案で書いたことがあるか、という質問です。
私自身は、三者間の問題形式を解かなくなってからはおそらく一度もなく、三者間の問題でも私見では少なくとも一度も書いていないと思います。


なぜかと問われると難しいですし、考えたこともありませんでしたが、LRAの基準が使いやすいような事案は、いろいろな意味で試験向きでないというのが理由かなあと思います。


まずは、シンプルにLRAの基準が用いられていることが明確な著名判例が少ないことがあるように思います。
具体的には、猿払一審等が挙げられそうですが、これは最高裁判例で覆されています。
そのため最高裁レベルで確立した判断基準とも言い難いことから、これが適切な判断基準となる事案を出題するのが適切なのかはよくわからないところです(なお特定の事案なら特定の基準が一対一対応に導かれるものでもないと思うので、ふんわりと読んでもらいたいところです)


また、権利保障や制約の程度について、事案の特徴を複数拾い利益調整をしながら一定の基準を導こうとする問題が多い中、厳格な基準といえるLRAの基準が適切といえるような問題は、それらの程度について争う余地が少ないことになり、あまり面白みがないことになりえます。
そういう意味で、結果的にはいわゆる中間基準といわれるような基準を用いることが多いのかなあと思います。


このような書いてはいますが、たとえば北方ジャーナルのように、特定類型における厳格な基準を用いることもあります。
実際のところLRAの基準を答案で書いたことのない最大の理由は、その包摂(あてはめ)に関する事案の作成の難しさにあるように思います。
より制限的でない手段がないことを問おうとする場合には、他の手段をある程度明示的に書くことになるのだと思います。
そうでなければ、その場での発想大会になってしまい、法律論として意味あるものを書くことができるのかを問う試験として適切か不明になりそうです。
しかし、他の手段を明示した場合には、その存在から違憲として終了となるような答案が大半となり、これはこれで差を見出しづらい試験になってしまいかねません。
そういう意味で、使う場面が少なくなっているように思います。

(何かしらの基本書にも、答案に書いていない事情を用いてより制限的でない手段を書くな、というような趣旨の記載があったことを友人に聞きました。たぶん基本憲法なのですが、手元になく確認ができません)





とはいえ、私が偶然答案で使ってこなかっただけなので、憲法でLRAの基準を使うことはない、といった主張ではありません。
また、審査基準論を勉強する際に必ず触れる内容ですし、重要なものであることは間違いないと思います。
「この問題はさすがにLRAの基準で書きたい」というような問題にもし出会ったら、ぜひ教えてください。






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